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デンターネットニュース  2021/05/11(火)
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▼以下、全文。

昨年7月の豪雨災害から10カ月。熊本県球磨村一勝地で全壊した「球磨川歯科医院」は、村唯一の歯医者だった。過疎地での医療を志し、15年前に県外から開業した院長の宮原光春さん(53)は、村内での再開を断念したが、「村民のために診療を続けたい」と、村境に近い人吉市下原田町に移転した。

「もう少し口を開けて。はい、おりこうさん」。真新しい内装の医院で、宮原さんは診察台の女児(6)に優しく声を掛け、口の中をのぞき込んだ。女児は村の自宅が被災し、人吉市内のみなし仮設住宅から通院。母親(34)は「ずっと先生にお世話になっているので安心」と話した。

宮原さんは長野県青木村出身で、実家は同村唯一の歯科医院。九州大歯学部を卒業後、東京や長崎で勤務したが、「患者が不便を強いられている過疎地医療に貢献したい」と志願し、九州の無医村を探した。球磨村に問い合わせると「ぜひ、うちで」と誘われた。山村の風景が故郷と似ているのも気に入り、2006年に開業。村が球磨川左岸に医院を建て、無償で貸与した。

これまで人吉市内に通っていた村内の高齢者らが来院。宮原さんは、村内や隣接する芦北町の山間部への往診も意欲的にこなした。

開業15年目の昨年7月、医院は球磨川の濁流に襲われた。泥まみれの診療台やカルテを前に立ちすくむ宮原さん。「何とか、ここで再建できないか」。村に相談したが、水害の危険が残り厳しいと判断され、ほかに適地も見つからなかった。

患者のため一日も早い診療再開を目指していた8月、人吉市下原田町でコンビニの空き店舗を見つけた。医院から約10キロ離れているが、村から続く国道219号沿いの好立地。再建のための補助金を活用し、診療台などの設備を新調。11月に再開し、女性スタッフも豪雨前の2人から3人になった。

移転後は人吉市の患者が増えたが、球磨村から通院を続ける患者も。「村には戻らんとですか」と残念がる一方、「移転先が近くて良かった」と喜ぶ声もある。訪問診療できる範囲は半径16キロと決まっており、往診できなくなった地区もあるが、多くは引き続き往診できた。仮設住宅に往診することもある。

宮原さんの胸の奥には、故郷の青木村で唯一の歯医者を続ける父親(81)の姿がある。「自分も球磨村の人たちのために頑張りたい」と静かに意欲を燃やし、一日も早い村の復興を願い続ける。

 

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